舞台「シロツメクサ」の魅力:なぜセクシー女優さんの表現スキルは高いのかという謎についての一考察

 映像と舞台では、演技の本質は共通するものの、必要とされるテクニックはかなり違う。

 映像はパズルに近い。基本的に順撮りをすることはほとんどないので、いきなり後半からというのも普通にある。だから俳優は演出側が求める全体像を考えながら演技プランをたてて、必要に応じて、その段階の感情を引っ張りだしてくることを求められる。

 舞台は路線バスの運転のようだと言える。台本と演出をもとに公演ごとに同じ内容を70分なら70分毎回繰り返す。開演前には感情をスタート地点に戻し、そこから上演ごとにその役を繰り返し生きる。

 俳優さんのタイプもいろいろだが、これを両方得意としている方は実はかなり珍しいそうだ。「(どっちが得意かを答えるなんて)そんな贅沢は言ってられないよ」と演劇畑の知人から前置きされた上で、その人がどれだけテクニックを持っていても、その俳優さんの演技が映えるかどうかは経験や資質に左右される部分も否めないという。

 なぜこのような話から始めたかといえば、セクシー女優さんが出演されるAVは、映像でもあり舞台でもあるという点で、かなり特殊なメディアだということを伝えたかったからだ。

 AVは基本的に映像メディアだ。作り方は映画やTVドラマと同じである。ところが映画やTVドラマと違ってAVは細かくカットを割らない。一度カメラを廻し始めたら簡単に止めないので、ひとつの絡みを撮影する方法はドキュメンタリーの手法に似ているかもしれない。だからそこで演じることは、舞台の演技で求められているものと似ているところがある。

 そうやって考えるとセクシー女優さんが、ピンク映画やVシネマのような映像分野だけでなく、舞台出演を易々とこなしてしまうケースが続出するのも納得ができる。彼女たちは結果的に、映像・舞台、そのどちらにも対応する力を積み上げてこられたからなのだ。

 2006年のVシネマ「高校教師 飼育の校舎」(安藤尋監督)のレビューで自分は主演の蒼井そらさんのことをこう書いている。
「蒼井そらがこの作品の大きな魅力であることは疑う余地がない。素晴らしい素材。空気を表情で出せる希有な才能を感じる。アダルト業界出身のタレントさんについてはいろいろな意見はあると思うが、私はそちらから一般作品に顔を出せる人は、表現者としてのフィールドは違えど、それなりの個性と才能があると思っている。セリフの滑舌などは別として、表現者としての彼女の頭の良さ、センスの良さを随所に感じさせてくれた。」

 カジさんがかつてカジエマパラダイスの中でセクシー女優さんが身につけている「表現者」としてのスゴさを語られたことがある。この舞台はそれを実感できる。今回の5名の出演者さんたちは、間違いなく魅力と才能に溢れた方々だ。そして彼女たちの表現者としての魅力が存分に発揮されているのが舞台「シロツメクサ」だ。今後機会があれば、ぜひ多くの方にご覧いただきたい。そしてセクシー女優さんの才能や魅力が、より多くの皆さんに伝わることを切に願っている。